2010年01月09日

マト71 長野への帰らぬ旅・・・(JR東日本 常磐緩行線207系900番台 廃車回送)

孤高の新型車両、ついに長野へ

常磐緩行線207系900番台は、
1986年の配置以来、同線で23年間活躍。
2009年12月5日の「さよなら運転」をもって、松戸車両センターより外へ出ることもなく、ひっそりと留置となった。

長野への廃車回送にあたり、中央本線の狭小トンネル通過のため、12月中に松戸車両センター内でパンタが撤去されたマト71。
年明けの5日(さよなら運転と撮影会からちょうど一ヶ月)、長野への帰らぬ旅を追った。

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△車両センター11番線で年を越した207系900番台。
23年間を過ごした、この場所から去り、この光景は明日から非日常となる。

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△パンタグラフは撤去され、ピンチヒッターとして起用されることもない207系900番台。
迎えの機関車が来るのを、ただじっと待つだけである。

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△EF64-1031に牽かれて、走り慣れた常磐緩行線から207系900番台が離れる瞬間!

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△中央本線の狭小トンネル通過の為、パンタが撤去された207系900番台。
あの207系900番台独特なVVVFの音色を響かせることなく、機関車(EF64)の汽笛と車輪のきしむ音だけが寂しく響いた。

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△「ありがとう207系の旅」を企画した地区指導センターや車掌区の入る建物、Box hillなど、住み慣れた松戸の街とも今日でお別れ。

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△長野に向けて中央本線をゆく207系900番台。

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△14,4‰の勾配表。地下の勾配に比べればなんてことはないが、自力ではなく、機関車に牽かれて行く207系900番台。

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△木々の生い茂る中、見えなくなるまで207系900番台を見送った。

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△クルマで追い抜き、日没前にもう一発!
裏被りの電車は415系ではなく、信州を走り慣れた115系。

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△山梨〜長野の山脈をバックに帰らぬ旅路をひた進む207系900番台。

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△夜のバルブも寒い中、207系900番台に大勢のファンが駆けつけた。
機関車側より後ろ側に撮影者が集まってきた。

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△雪の舞う中、長野に定時で到着した207系900番台。

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△廃車回送の翌日も午前中は編成を組んだままだったが・・・(長野工場にて)

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△午後には入換があり、3両が解体線に移動した。
特急車両に新形式の先駆け、近郊型の語らいに、試作電車(207系900番台)が後から加わる。用途も活躍の場も違ったが、現役時代の思い出話が尽きることはなく、お互い労いの言葉を掛け合っているようだ・・・

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△最期にこんな並びが見られるとは・・・しかし撮影会ではない。
バックには信州の山脈、左端にはラッセル車、そして奥には黄色い重機の腕が見える。ここは解体線なのだ。

常磐緩行線・千代田線ユーザーにとって、207系900番台は特別な思いを抱かざるを得ない車両である。
その特徴的なVVVFの音、コルゲートステンレスの銀色。これがチョッパ音でアルミ色の車両に混じって、ただ1編成のみ活躍する・・・。この存在感・プレミアム感は、非常に強い。筆者自身も、わずか3歳の頃に、この違いに気づいたほどだ。
207系900番台のプレミアム感は、登場から23年経った現在も、新型車両という感覚を抱くのには、充分であり、機能的寿命としては、まだまだ走れたであろう207系900番台も、環境的寿命により、今回引退となった。
今後、203系にも廃車が進展するが、この車両たちも筆者らの親のような存在である。感謝の念で見送りたい。
posted by pokeo・綾瀬之助 at 20:37| Comment(0) | 207系 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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